―古代オリンピックとコイン―

古代ギリシアでは競技祭が各地で盛んに行われましたが、これは神様に奉納するためのもので日本でいえば奉納相撲のような性格のものでした。その中でもゼウス神に捧げられたオリンピア競技大祭が最大のものでした。 競技期間中はたとえ戦争中であっても、参加者・観客の移動の安全が図られるために競技の前後は厳密な停戦協定がなされ、これに違反したものは競技への参加を拒否されました。
なおオリンピア競技大祭を含め4つの競技祭が四大競技祭として有名でした。

  競技祭名       開催地     開催年     賞品     主神
●オリンピア競技大祭: オリンピア   4年毎に開催  オリーブ冠   ゼウス
●ピュティア競技大祭: デルフィー   4年毎に開催  月桂冠     アポロ
●イストミア競技大祭: イストミア   2年毎に開催  松冠      ポセイドン
●ネメア競技大祭:   ネメア     2年毎に開催  パセリ冠    ゼウス

当初、オリンピア競技大祭での競技は1スタディオン(約192m)の徒競走のみでしたが、その後、距離の異なる徒競走、ボクシング、レスリング、戦車競争、競馬、重武装競走などの競技が追加されていったようです。

オリンピア競技大祭以外の競技祭の詳細はよく分かりませんが、デルフィーのピュティヤ競技大祭は、芸術の神でもあったアポロンにふさわしく、スポーツや馬術競技以外に歌・楽器・演劇・詩・演説などの競技があったということです。



さて古代オリンピック関連のコインは大別して2種類に分けられそうです。
(画像資料が少ないのでSeaby社DAVID R.SEAR著:GREEK COINS AND THEIR VALUESを抜粋して使わせて頂きました。詳しくは本書を購入の上、参照ください。)

1)オリンピア競技大祭の為に作ったと思われる一群のコイン。
Seabyカタログによると”エリス(オリンピア)名で発行されたコインはエリス自身が作ったたものではないが、オリンピックに参画したものにより作られた”としています。 ほとんどのコインは稀少です。
コインのモチーフとしては、オリンピアの主神ゼウスとそのアトリビュートの鷲、雷、そして正妻の女神ヘラがメインとなっています。


エリス地方オリンピア:ステーター銀貨
このコインはSeabyカタログ2872に対応するものです。



2)オリンピア競技大祭で優勝した国が、その栄誉を記念して各国で発行したと思われるもの。
BC776年からの優勝者を書きとめた記録残されています。(一般に、この記録が残るBC776年を古代オリンピックの第1回大会としています)この資料により当時の優勝者と出身地、開催年が分かっています。(競技名は書かれていないようで、この点は残念ですが)この資料とコインの発行年とを合わせる事により、オリンピックとの関連が類推できそうです。
以下にオリンピック優勝を記念して発行したコインと関連ありそうな部分の記録を書き出して関連するコインをみます。 競技会(開催年) 優勝者の出身地(氏名)のデータは OLYMPIC MEDALS AND COINS (Victor GADOURY:VICTOR GADOURY PUBLICATIONS)からの引用です。

●レギオン/メッサナ
 競技会      優勝者の出身地(氏名)
75th (BC480) レギオン(Anaxilas)
81th (BC456) メッサナ(Leonitiskos)
82th (BC452) メッサナ(Leonitiskos)
88th (BC428) メッサナ(Symmachos)
89th (BC424) メッサナ(Symmachos)
Seabyカタログでは「メッサナとレギオンの両国が従ったアナクシラスの騾馬チームがBC480のオリンピックで優勝した時のもの」としています。 (メッサナはレギオンの専制君主アナクシラスに治められたとあります)


このコインは88回大会 (BC428)または89回大会(BC424)に優勝した時のものと思われます。
シチリア島メッサナ:テトラドラクマ銀貨


競技祭のちがいはありますがクラシック期の傑作 デルフィー博物館の青銅の御者 は戦車競技の御者を目の当たりにできます。

●シラクサ
 74th (BC484) シラクサ(Astylos)
 75th (BC480) シラクサ(Astylos)
 76th (BC476) シラクサ(Gerone)
 77th (BC472) シラクサ(Gerone)
 78th (BC468) シラクサ(Gerone) (Hagesias)
 90th (BC420) シラクサ(Hyperbios)
 99th (BC384) シラクサ(Dikon)
140th (BC220) シラクサ(Zopyros)
158th (BC148) シラクサ(Orthon)
160th (BC140) シラクサ(Diodoros)
シラクサはBC480〜BC470頃、オリンピック優勝の常連でした。 コインにもそれらしいものが多くありますが、戦勝記念の可能性もあり即断はできません。 詳細は不明なので参考のためのサンプル羅列にとどめ、これからの研究に待ちたいと思います。

BC485―BC478 ゲロンの治世(優勝者のゲロンとは別人と思われます):テトラドラクマ銀貨


BC474―BC450 頃:テトラドラクマ銀貨


BC450―BC405 頃:テトラドラクマ銀貨




BC275―BC215 ヒエロン2世の治世:テトラドラクマ銀貨


●アクラガス(アグリジェント)
91th (BC416)  アクラガス(Exainetos)
92th (BC416?) アクラガス(Exainetos)
(91回がBC416、93回がBC408なので、92回はBC412のミスプリントである可能性が大です。 詳細不明)
Seabyカタログではこのコインを”BC412のオリンピックでアクラガスのExainetosが優勝した事を記念して発行したと思われる”としています。


●タラス
100th (BC380) タラス(Dionysodoros)
107th (BC352) タラス(Smikrinos)
111th (BC336) タラス(Mys)
このコインは月いちトピックスでも紹介しましたが、競馬競技の優勝者がゴールをした瞬間を表していると思われます。 馬上の青年は女神ニケから冠を授けられているので競技に優勝したことが分かります。また介添えと思われる人物が興奮覚めやらぬ馬をなだめていることから、ゴールの瞬間を表していると思われます。100回/107回/111回大会に、優勝者の記録としてタラスが記録されているので、このコインはそのどれかの大会の時ではないかと想定されます。(月いちトッピクスの時はオリンピックとの関連は想定していませんでした)
なお競馬競技は33回(BC648)大会から行われたとされます。

イタリア半島タラス:ジドラクマ(ノモス)銀貨


●コリント
 67th (BC512) コリント(Pheidolas)
 69th (BC504) コリント(Thessalos)
 79th (BC464) コリント(Xenophon)
119th (BC304) コリント(Andromenes)
コリントもオリンピックに何回か優勝しており、コインにもそれらしいものがあります。 しかし通常アテナが被っているヘルメットにオリーブのリースが飾られているだけでは、根拠として弱いので参考程度にとどめたいと思います。

コリンティア地方コリント:ステーター銀貨


●マケドニア
106th (BC356) マケドニア(Filippo II)
107th (BC352) マケドニア(Filippo II)
108th (BC348) マケドニア(Filippo II)
なんとあのアレクサンドロス大王の父親がオリンピックに3連続優勝していたとは!!
Seabyカタログではフィリッポス2世とオリンピックについては言及していません。 以前何かの記事で”フィリッポス2世のステーター金貨で裏面にリースが刻印されている稀品があり(Seabyカタログ6661,6662)それがオリンピックの優勝を記念して発行したものである”とあったのを見た記憶がありますが、何の記事だったか不明です。 またテトラドラクマ銀貨で表がゼウスで裏面が手に椰子の葉を持つコインはそのデザインからオリンピックを類推させますが、優勝記念だったらオリーブのリースが誇らしげに刻まれるはずですので、これがオリンピックコインであるかは疑問です。 ただし椰子の葉は勝利を意味すると、何かの記事で見た記憶はありますので断定はできません。


●アスペンダス
レスリング競技の情景をモチーフとしたアスペンダスのコインは、一般にオリンピックのコインといわれていますが、カタログにオリンピックとの関係が言及されていないこと、さらに優勝者記録にも出身地が見当たらないので疑問があります。 また優勝記念ならオリーブのリースか、勝利の女神ニケが描かれているべきだとも思います。 ”アスペンダスがレスリングを国技としていて国のシンボルとして表わしている”といったくらいのものではないでしょうか。(←全くの推測です) なお裏面のスリンガー(投石者)についてもオリンピックを想起させるためにデザインしたのか等、詳細不明です。

パンフィリア地方アスペンダス:ステーター銀貨


作成後記
オリンピックの優勝を記念したコインを特定するのは、近代オリンピックの五輪マークのようなシンボルマークが無かったので(こうしてみると五輪のマークは秀逸)非常に難しく感じました。手がかりになる要素は、競技種目・主神ゼウス及びアトリビュート・勝利の印としての女神ニケと賞品のオリーブ(冠)ですが、これはオリンピックでの優勝の象徴のみならず、戦勝記念である可能性も含んでいるからです。
アテネやシラクサ、コリントなどは優勝の常連だったので当然記念貨を発行した可能性があり、それらしいコインもありますが、ペルシャ戦争や対カルタゴ戦争の戦勝記念ともとれるので判断に苦しみます。 またオリンピア競技大祭の記録に残っていなくとも、多くの競技祭が行われていたので、他の競技祭の記念ということも否定できません。


●関連記事
古代オリンピック自体に興味がお有りの方は下記で探究して下さい。
オリンピア祭典競技
オリンピア考古学博物館



参考資料:OLYMPIC MEDALS AND COINS (Victor GADOURY:VICTOR GADOURY PUBLICATIONS)
     GREEK COINS AND THEIR VALUES (DAVID R.SEAR:Seaby)
  
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